ユダヤ人墓地、大学、本屋


この日はもう遠くへは行かず、一日ひとりで市内を散歩。しっとりと小雨が降る中、まずは街の北にある大きな墓地まで歩く。ここには古いユダヤ人墓地があると地図に書いてある。W・G・ゼーバルトの小説の中で、写真を付して語られるぼんやりと遠い記憶の物語にも登場したユダヤ人墓地。そのいつどこで写されたものかは全くわからない写真を見て以来、自分からは全くかけ離れた時間と距離、そしてゼーバルトの小説世界を感じさせるその場所へ、いつか行ってみたいと思っていた。その後徳永恂著「ヴェニスからアウシュヴィッツへ」(講談社学術文庫)を読んでさらにあこがれは募った。
どきどきしながら墓地の区画へたどり着いてはみたものの、どこが入り口なのかかわらず、まずは今もふつうのお墓として使われているカトリックのお墓を歩く。きれいに整備されていて、緑が豊富で、ひとつひとつのお墓もゆったりとしていてとても華やか。雑司ヶ谷墓地を明るく洋風にするとこんな感じかなと思った。私にとって理想のお墓と思えるようなものもここに。でも相変わらずユダヤ人墓地への入り口は見つからず、結局一度敷地から出て、大通りを歩いていったらやっと入り口を見つけた。全く違う所が管理していたのだった。入ってみてすぐ、カトリックのものとは全然違ったスタイルの墓地であることがすぐにわかった。ここにあるものは19世紀に生まれ、亡くなった人のお墓が多いこと。この下になにか埋まっているとも思えないくらい墓石と墓石の間隔が短く、お墓の素材や形はみんな質素で、なにかお供えするようにはできていないこと。ここへお参りに来る人はおそらくとても少ないであろうこと。それでも敷地の奥の方には20世紀に亡くなった人のためのお墓もあり、亡くなった年が第二次大戦中である人たちのお墓はとてもきれいで立派な石でできていた。その側にはちょうど、若いユダヤ教徒の男性2人がお参りに来ていたので、どれもが無縁仏というわけではなさそうだった。
この日は結構寒く、墓地でもずいぶん歩いたあとゲーテ大学へ向かって長い散歩をしていたらすっかり体が冷えてしまったので、いったん部屋へ戻って暖かいものをとってから、U-bahnで繁華街へ。このあいだ行ったところもずっと大きい本屋さんがあることを教えてもらったので行ってみた。なにか自分にお土産をと思って悩んだ末、レクラム文庫の中でも最も分厚い部類に入るジャン・パウルの「ジーベンケース」を買った。トーマス・ベルンハルトの「消滅」で、主人公が教え子のガンベッティに対して必読の書としてあげていた本のひとつがこれで、一番読んでみたいと思っていたものだった。日本語に翻訳されてはいるのだけれど、1万円もする巨大な本で買う気になれず、これはもうドイツ語かなということで。課題図書。きっとベルンハルトよりは読めると思う。
友人の帰宅を待って、一緒に夕食。楽しいおしゃべりの日々もこれにて。